荒木 進

耳鼻咽喉科 科長
荒木 進

もし、自分が喉頭がん、または舌がん、上顎がん(頬の裏の空洞)と診断されたらどうでしょう。喉頭がんといえば、手術すれば声が出なくなると思われるのでしょう。舌がんといえば喋れなくなる、食事ができなくなると思われるのでしょう。上顎がんといえば顔や眼をくり抜いて、顔半分がなくなると思われるのでしょう。

私が入院を勧めたそのようながんの患者様の多くは、手術を想像して、死刑宣告をうけるように私の言葉を待っています。

機能を残す治療法を選ぶ

がんの治療で最も大事なのは、がんを残さない、また転移をさせないことです。今までは、そのためにがんのできた臓器を全部取り出し、転移しやすい首のリンパ節を全部掃除(郭清といいます)するのが基本でした。声を出す、噛んで食事するなどの人間にとって大事な機能を残しながら、がんが治せれば理想的です。現在、当科ではがんの進行具合によって、なるべく機能が残るように治療法を選んでいます。

喉頭がんの場合

以前、喉頭の進行がんは、手術が基本でした。進行がんでも喉頭のがんは喉頭を全部取ることで完治が可能だからです。しかし、現在はそれと同等の効果を、抗がん剤と放射線の併用療法であげることができます。以前から放射線療法は喉頭がんに有効なことはわかっていましたが、すべてのがんが消えるまで放射線をかけると咽頭(のど)の粘膜が焼けただれ、頚椎(首の骨)がとけて崩れ落ちます。だから、決まった量しか放射線はかけられませんでした。結果的に直らない症例がでてきたわけです。そこで抗がん剤治療を放射線治療中に行うことで、放射線量は75%に減らせます。抗がん剤も放射線も治療としては決して楽なものとはいえません。以前からこの組み合わせは有効なことはわかっていましたが、痛みで挫折したり、副作用で中断しなければならない場合が多かったのです。今は、抗がん剤を入れるタイミングを工夫し、途中でお休み期間を入れることで乗り切れる患者様がほとんどです。入院期間は手術の場合の2倍になりますが、声が残ります。

初診時 喉頭写真
★印が腫瘍部分
化学療法と放射線併用療法後の喉頭写真
★印が腫瘍が消失した部分
舌・口腔がんの場合

若い人でもできることが多いがんです。原因としては歯や入れ歯が接触していることによる機械的刺激があげられます。舌は一枚ですし、口の中の粘膜も境界がはっきりしません。どこまでがんが浸潤しているかわかりづらいので、取り残しも多く、またそれを防ぐために手術で正常な部分も含めて大きくとっていました。結果的に、下あごが半分と舌が半分無くなるので、食物が噛めなくなり、喋るのも不自由になっていました。

今は、機能が残る程度に小さく切除し、その後、舌や口腔に血液を送っている血管にカテーテルを入れて、がん周囲の組織に直接抗がん剤を大量に吹きかけています。(これを超選択的動脈注入化学療法といいます。)抗がん剤を全身に投与するより、効率的ですし、放射線を併用する場合も、その量を減らせます。

また、このようながんは首のリンパ節への転移がかなり多い(リンパ節が触知できなくても20%はすでに転移している)ので、予防的にリンパ節の郭清手術を行うことがほとんどでした。しかし、結果的にリンパ節にはがんが転移していなかったことが多かったのです。今は、頸部郭清術をする場合も、手術中に最初に転移するであろうと思われるリンパ節を見つけて、それをすぐに病理検査し転移がなければ郭清を少なめに、転移があれば多めにするようにしています。このリンパ節をセンチネルリンパ節といいます。「センチネルリンパ節」は日本語では「見張り番のリンパ節」と訳せます。進行具合も見張り番の状態で把握できるという考え方です。

がんを治して、精神的な苦痛を減らすこと

がんを治すことは、医者の理想であり義務です。しかし、今まで、がんを治すことばかり考え、病人を治すことが無視されてきました。私達は、かなり昔の拡大手術(今の再建術は相当進歩しています)をして、その後顔貌やQOLの低下で、向精神薬を常用しなければならない場合や家に引きこもる例を観てきました。がんが治れば、精神的に楽になるはずが、新たな苦痛が発生するわけです。がんを治し、新たな苦痛を減らす努力を私達は行ってきましたが、すべてが通り一遍でできるわけではありません。最終的には、患者様個々に合った医療を、十分話し合いながら決めていきたいと思っています。

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