沿革

外来本館の完成とその頃の病院全景
現在の病院全景

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内容
昭和24年10月 茨城県農業会「新治協同病院阿見分院」(現在地)を東京医科大学において買収経営することとなり、1日付けを以て、「東京医科大学霞ヶ浦病院」と名付けて開院。院長に高橋不二彦氏就任。
注)開院当時の正門
昭和25年 旧病棟を大改造し、病床数を55床から108床に増設。 
昭和26年 隣接地961.96m2を購入(7月) 
昭和27年 看護婦宿舎木造2階建を落成。
昭和28年 結核病棟(旧6病棟)木造平屋建(50床)落成。
小児科学教授・飯島孝氏、9月8日付を以て院長に就任。
昭和30年 副院長中西謙三氏、院長に昇任。 
昭和34年 開院10周年記念式挙行。 
昭和36年 霞台地区に医師住宅木造平屋3DK5棟落成。 
昭和37年 准看護婦の委託養成を開始(土浦医師会附属準看護学院に委託)。 
昭和40年 看護婦宿舎落成(鉄筋コンクリート造、2階建)。
昭和43年 外来診療棟および病棟(管理研究棟)落成(鉄筋コンクリート造、地下1階、地上3階建)。 
昭和44年 医員宿舎落成(鉄筋ブロック造、2階建<11室>)。
副院長・額賀弘助教授、院長事務代理に10月1日付を以て就任。
 
昭和45年 理事伊能秀記氏、霞ヶ浦病院担当理事に就任。外科学助教授・永井純義氏、院長に就任。診療科に特殊外来(循環器・呼吸器)新設。整形外科新設。 
昭和46年 中央手術室改築。医員宿舎増築(鉄筋ブロック造、2階建<2DK4室>)。院内の国有財産(土地、建物)を買収。第1、2、3病棟落成(鉄筋コンクリート造、平屋建)。看護婦宿舎(木造2階建)取りこわし。中央検査および教育研究棟落成(鉄筋コンクリート造2階建)。中央検査科新設。 
昭和47年 特殊外来皮膚科新設。学生寮および医員宿舎落成(鉄筋コンクリート造、2階建<2DK10室、2LDK2室>)。眼科、耳鼻咽喉科および放射線科新設。総合病院として5日付を以て承認。旧検査室を改修して研究室設置。解剖室および霊安室落成。看護婦宿舎増築(鉄筋コンクリート造、3階建)。自家用水源地に高架槽、水処理装置新設。旧結核病棟などの取りこわし、増改築。 
昭和48年 特殊外来に糖尿病、高血圧、腎臓、神経科新設。内科および外科の学生の臨床教育開始。5病棟(鉄筋コンクリート造、2階建、51床)ならびに歯科室落成。歯科口腔外科新設。麻酔科、消化器科新設。隣接私有地9,647.61m2を購入。研究棟、水治療室、麻酔科棟落成。 
昭和49年 隣接私有地2,134.55m2を購入 
昭和50年 医員住宅(鉄筋コンクリート造、3階建)2棟、学生寮(鉄筋コンクリート造、2階建)1棟落成。 
昭和51年 外科学教授・永井純義氏、院長に再任。人工透析室拡充。隣接私有地4,628m2を購入。 
昭和52年 臓器別病棟(鉄筋コンクリート造、地下1階地上4階建)、総合廃水処理装置落成。呼吸器科、循環器科、脳神経外科、泌尿器科新設。看護婦寮・女子学生寮(鉄筋コンクリートプレハブ造、4階建)落成。隣接私有地1,365.79m2を購入 
昭和53年 神経科新設。隣接私有地261.64m2を購入、木造平屋建1棟35.59?を購入。講堂・会議室(教育研究棟に増築)落成。給食棟(軽量鉄骨造)落成。(53.11.1.創立30周年記念式典開催。) 
昭和54年 外科学教授・永井純義氏、院長に再任。 
昭和56年 中央病棟(鉄筋コンクリート造、地下1階地上4階建)落成。 
昭和57年 霊安解剖室(コンクリートブロック平屋建)落成。外科学教授・永井純義氏、院長に再任。保険薬局棟(鉄筋コンクリート造、2階建)落成。高橋記念館(木造瓦葺平屋建)落成。中央病棟、保険薬局、高橋記念館落成式挙行。 
昭和58年 人工透析棟(鉄筋コンクリート造、地下1階地上3階建)落成。眼科学教授・太田安雄氏、院長代行に就任。霞台職員住宅地鎮祭挙行。 
昭和59年 院長代行・太田安雄氏、院長就任。霞台職員住宅(鉄筋コンクリート、4階建)落成。霞ヶ浦看護専門学校新校舎地鎮祭挙行。中国大連医学院附属医院と学術交流提携調印。 
昭和60年 霞ヶ浦看護専門学校校舎(鉄筋コンクリート造、4階建)落成。霞ヶ浦看護専門学校竣工式典挙行。 
昭和61年 眼科学教授・太田安雄氏、院長に再任。 
昭和62年 霞ヶ浦病院外来本館建設工事地鎮祭挙行。健診センター棟(鉄筋コンクリート造、地下1階地上4階建)落成。 
昭和63年 霞ヶ浦病院学生宿舎新築工事地鎮祭挙行。 
平成1年 霞ヶ浦病院学生宿舎(鉄筋コンクリート造、4階建)落成。外来本館棟(鉄筋コンクリート造、4階建)落成。外来本館竣工式典挙行。霞ヶ浦病院特高変電所完成。 
平成2年 東京医科大学霞ヶ浦病院医師会発足。 
平成4年 外科学第4講座、霞ヶ浦病院に開設。初代主任教授に相馬哲夫氏就任。外科学第4講座主任教授・相馬哲夫氏、院長に就任。 
平成5年 内科学第5講座、霞ヶ浦病院に開設。初代主任教授に松岡健氏就任。 
平成6年 中国大連医科大学附属第一医院と両病院友好締結。10周年記念式典並びに今後5カ年の第3次友好病院継承協定締結調印式挙行。 
平成7年 外科学第4講座主任教授・相馬哲夫氏院長に再任。 
平成8年 新病棟(東館)増改築工事地鎮祭挙行。国有財産土地(旧茨城大学所有)7175.12m2を大学本部で購入。プレハブ研究棟落成(軽量鉄骨造、平屋建)落成。東京医科大学霞ヶ浦訪問看護ステーション設立。霊安解剖室増改築工事(コンクリートブロック造、平屋建)落成。 
平成9年 新病棟(東館)増改築工事(鉄筋コンクリート造、地下1階地上6階建)落成。 
平成10年 創立50周年記念式典および東館落成式を挙行。 
平成10年4月 創立50周年記念式典および東館落成式を挙行。感染症科開設。 
平成10年10月 外科学第4講座教授藤原靖之氏院長に就任 
平成12年4月 救急医療部新設。 
平成13年8月 職員駐車場用地(旧日本資料)8,292.36㎡買収。 
10月 救急医療部教授・小池荘介氏院長に就任 
平成14年1月 医療・福祉研究センター(鉄筋造、2階建)落成。 
平成15年9月 南病棟4階を改修し療養病棟開設。リハビリテーション部新設。 
平成16年2月 患者駐車場管理施設新設。 
5月 総合診療部新設。 
10月 内科学第5講座主任教授・松岡健氏院長に就任 
11月 呼吸器センター開設(呼吸器内科・呼吸器外科) 
12月 東館4階 精神神経科病棟閉鎖(31日付) 
平成17年2月 南病棟4階 療養病棟閉鎖。 
4月 東館4階 旧精神神経科病棟改修し循環器内科・心臓血管外科病棟開設。 
5月 糖尿病センター新設 
6月 南病棟4階 旧療養病棟を改修し回復期リハビリテーション病棟開設 
8月 外来化学療法センター新設 
11月 形成外科新設・ヘリポート設置 
平成18年4月 外来化学療法センター東館2階に移転 
7月 循環器センター開設(循環器内科・血管外科)脳神経センター開設(神経内科・脳神経外科) 
11月 皮膚形成センター開設(皮膚科・形成外科) 
12月 相談支援センター開設 
平成19年1月 地域がん診療連携拠点病院の指定を受ける 
4月 東館4階西側病棟増設 
6月 消化器センター開設(消化器内科・消化器外科)茨城大学農学部との連携協力協定を締結 
9月 日本病院機能評価機構(ver5.0 体制区分4)基準達成 
10月 内科学第5講座主任教授・松岡健氏、院長に再任 
平成20年4月 乳腺・甲状腺外科センター設置 
5月 肝疾患診療連携拠点病院の指定を受ける 
11月 NPO法人 卒後臨床研修評価機構による臨床研修評価が認定される 
平成21年2月 茨城県立医療大学との連携協力協定を締結 
4月 病院名を「東京医科大学茨城医療センター」に改名 
7月 麻酔科学講座准教授 柳田国夫氏センター長職務代理に就任 
9月 消化器内科教授 松﨑靖司氏センター長就任 
平成22年10月 消化器内科教授 松﨑靖司氏センター長に再任 
平成24年12月 1日付 保健医療機関の取り消し
平成25年3月 1日付 保健医療機関の再指定を受ける
10月 消化器内科教授 松﨑靖司氏病院長に再任 
平成27年7月 隣接私有地24,747.86m2を購入 
10月 内科(腎臓)教授 小林正貴氏 病院長就任 
平成30年10月 内科(腎臓)教授 小林正貴氏 病院長に再任 
令和元年7月 31日付で茨城県知事より「地域医療支援病院」の承認を受ける 
令和2年8月 5日付で茨城県より「新型コロナウイルス感染症重点医療機関である協力医療機関」の指定を受ける
10月 15日付で茨城県より「新型コロナウイルス感染症重点医療機関である特定機能病院等」の指定を受ける
令和3年10月 福井次矢氏 病院長に就任
12月 3日付で公益財団法人 日本医療機能評価機構 一般病院2(機能種別版評価項目3rdG:Ver.2.0)の認定を受ける
令和6年4月 1日付 茨城県より「第一種協定指定医療機関(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律第38条第2項)」の指定を受ける
10月 柳田国夫氏 病院長に就任