「乳がんの新しい治療」手術と術前化学療法について
はじめに
今回は、女性で罹患者数第一位の乳がんのお話しです。
手術をした後も綺麗な乳房を提供する外科手術の話と、近年の急速な薬物療法の進化とそれに伴う術前薬物療法の成績などについてお話しします。
乳がんの手術は1880〜90年代にHalstedにより確立されました。当時は進行した乳がんがほとんであり、局所コントロールが最大の目的でした。実際、Halstedの考案した筋肉・リンパ節も全て取り去る術式は、それまで局所再発が60-80%だったものを実に6%まで飛躍的に改善したのです。この方法は世界の標準術式として1970~80年代まで100年続きました。30年以上前に手術を受けた患者さんはこのHalstedの術式でしたので、術後形態は優れず合併症として上肢のリンパ浮腫の発生も多く見られました。再発は薬物療法・放射線療法の恩恵が大きく、当時はこの分野は未開発でしたので、生命予後は延長する事は出来ませんでした。(後半で薬物についてお話しします)
その後、アメリカ・ヨーロッパ中心に臨床試験結果が行われ、大胸筋・小胸筋温存⇨乳房温存⇨リンパ節温存と手術は縮小へと進化したのです。さらに日本においては2013年人工物再建が保険収載となり全摘+再建(自家組織・人工物)も一気に広まり標準術式となりました。

海瀬 博史
日本乳癌学会 専門医・指導医・評議員
日本外科学会 専門医
茨城乳腺疾患研究会 世話人
日本乳癌学会認定施設
日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会 責任医師・実施施設

1)乳房温存オンコプラスティックサージャリー(以下OPBCS)について
近年の手術の話題として乳房温存オンコプラスティックサージャリー(以下OPBCS)があります。乳房部分切除術(乳房温存術)は文字通り乳房を残す術式ですが、元通りの乳房が残るという訳では有りません。がんが残らないように部分的に切除しますから当然体積が小さくなります。また切除部位によっては変形も目立つようになります。乳腺外科医はこの変形を極力目立たないように工夫をして来ましたが、OPBCSの方法によりさらに形態を美しく元の乳房に近い状態へと手術できるようになりました。
大きく分けて2つの方法が有ります。①乳房内で残った乳房組織を移動し形を形成し、必要な場合は乳頭乳輪の位置の修正を行います。これをVolume displacement(VD)といいます。(図1)②部分切除の欠損が大きい場合は乳房周囲の脂肪皮弁を血管の走行を生かしたまま乳房内に移動して乳房の欠損部位を補います。これをVolume replacement(VR)といいます。(図2)中でも当科で昨年から取り入れた外側肋間動脈穿通枝皮弁(LiCAP flap)(イラスト有り)は乳房外側切開で傷が目立ちにくく、十分な体積が確保出来るため、外側中心の乳がんの部分切除後の補充にはとても有効な方法です。(図3)
このように、いわゆる乳房全切除の場合は新たに乳房を作るという乳房再建でしたが、乳房部分切除において大きな切除の際も元の乳房に近い再現が可能です。
また、広めに切除をしても十分な欠損部への補充が可能となるため、ぎりぎりの切除を避け、安全性にもつながります。
茨城医療センター乳腺科では、安全な手術はもちろんのこと、手術後もいかにきれいな乳房を残すかを常に追求しています。<乳がんの手術=取るだけ>の時代は過去のものです。どうぞ安心して手術を受けて下さい。

図2 OPBCS:Volume Replacement(VR)

2)薬物療法の進歩について
1970年代より化学療法・内分泌療法は10年単位で進歩して来ました。特に直近の10年は飛躍的な進歩を遂げています。今回は、手術の前に化学療法(薬物療法)を行う術前化学療法について触れることとします。
2000年以降に日本でも術前化学療法が標準治療となり、その後薬剤の開発が進み治療成績の向上には目を見張るものが有ります。本日紹介するのは乳がんのHER2陽性タイプとトリプルネガティブタイプの術前薬物療法です。
<HER2 type>抗HER2薬の登場で目覚ましい治療効果を上げてきましたが、術前にEC(エピルビシン+シクロフォスファミド)x4-PHD(パージェタ+ハーセプチン+ドセタキセル)x4を施行し、手術をしますが病理検査で完全にがんが消失(pCR)している割合は50%の患者さんに見られます。
<トリプルネガティブタイプ>こちらは乳がんの中でも最も悪性度の高いタイプでしたが、2018年ノーベル生理学医学賞を受賞した本庶佑先生により開発された免疫チェックポイント阻害剤(乳がんはキートルーダ(ペンブロリズマブ))が適応となり、術前にPem(キートルーダ)+PC(パクリタキセル+カルボプラチン)⇒Pem+EC施行し、pCRは実に60%を超えます。
この様に薬剤の進歩により完全にがんが消える時代になってきました。(図4)

乳がんと診断されて術前化学療法を提示された場合、不安が大きくかつ副作用を心配でしょうけれど、先に抗がん剤を使用することのメリットを十分に理解し治療を選択してください。
この様に外科手術も薬物療法も進化を続ける乳がん治療ですので治療が必要となった場合は積極的に治療して行きましょう。
最後に正しい情報を正しく知る為に、困ったとき!調べたいとき! 下記の時に、乳癌学会作成の『患者さんのための乳がん診療ガイドライン』を是非広げて見て下さい。Web版はHPからいつでもアクセスできます。(図5)
