人生会議をすすめるための医療・ケア指針
命の危険が迫った状態になると、約70%の方が、治療やケアなどを自分で決めたり望みを人に伝えたりすることができなくなるといわれています。そこで、どのような医療やケアを望むかを一人一人が前もって考え、周囲の信頼する人達と話し合っておくことが大切となります。その取組を「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」=「人生会議」と呼びます。自分の希望する“もしものとき”の対応を、周囲の信頼する人達と話し合うのは勿論のこと、関係する医療従事者から適切な情報提供と説明がなされることが重要となります。
当院では、「人生会議(ACP)」を希望される患者さんに『私の人生シート』を提供し、その意向に応じたプランニングのお手伝いをするとともに、医療従事者として、その情報を共有したいと考えています。
さらに、患者さんが人生の最終段階(終末期)に近い状態にあると推測された場合、多職種からなる医療・ケアチームが関与して医学的妥当性と適切性をもとに病期を判断し、『私の願いごとシート』を活用して、その意向に応じて細やかなお手伝いをしたいと考えております。それぞれの病期に応じて患者さんの意思と権利が尊重され“あなたらしい生活が送れるよう”に、繰り返し「人生会議」の開催を進めながら支援してまいります。
Ⅰ 当院の基本方針
患者さんとご家族が、医療・ケアチーム(専門職種の医療従事者で構成された:医師、看護師、医療ソーシャルワーカー、時に緩和ケアチーム、病院臨床倫理委員会など)と話し合いのもと、患者さんの意思と権利が尊重され、自分らしい生活が送れるよう支援いたします。
Ⅱ 人生の最終段階の考え方
1.人生の最終段階の定義
患者さんが適切な治療を受けても回復の見込みがなく、かつ、死期が間近と判断された状態の期間。
期間とは、老衰を含め回復が期待されないと予測する生存期間。
=不明、数ヶ月以内、1ヶ月以内、2週間以内、数日等を示す。
2.人生の最終段階の判断
- 主治医と主治医以外の複数の医師が「その時点で行われている治療に加え、更に行うべき治療法がなく、現在の治療を維持しても病気の回復が期待できない」と判断が一致すること。
- 患者さんが意識や判断力を失った場合を除き、患者さん・ご家族、医師・看護師等の医療・ケア関係者が納得できること。
- 患者さん・ご家族、医師・看護師等の医療・ケア関係者が患者さんの死を予測して対応を考えること。
- 不可逆的な全脳機能不全状態。
- 生命が新たに開始された人工的装置に依存し、生命維持に必要な臓器機能不全が不可逆的であり、移植などの代替手段もない場合。
- 悪性疾患・回復不能な疾患の末期であることが、積極的な治療の開始後に判明した場合の判断は、主治医と主治医以外の複数の医師により客観的に判断すること。
Ⅲ 人生の最終段階の判断や対応にて考慮すべきこと
1.人生の最終段階における医療・ケアは、多職種からなる医療・ケアチームで支援します。
- できるだけ苦痛や不快な症状を取り除くことを基本として医療・ケアを提供します。
- 苦痛緩和が困難な場合は、緩和ケアチームの助言を求め、苦痛の緩和に努めます。
- 看取りの場として自宅や病院以外の場所を希望するかを確認し、希望する場合は各専門職種(医療ソーシャルワーカー、退院調整看護師、時にケアマネージャー、かかりつけ医、在宅医師、訪問看護師等)と共に適切に対応します。
2.人生の最終段階の過程において、患者さん本人は勿論のこと、ご家族に対しても精神的・社会的支援を行います。
3.患者さんあるいはご家族の意思は、状況により変化・揺らぐなどを念頭におき、説明と意思の確認は繰り返し行います。
4.医療・ケアチームで判断が困難な場合、患者さんとの話し合いで適切な治療方針についての同意が得られない場合、ご家族の意見がまとまらない場合等は、病院臨床倫理委員会での検討会に委ねます。
5.その過程での話し合いや意思決定、合意内容、医療処置(心肺蘇生措置を含む)等は患者さんの診療録に残します。
Ⅳ 人生の最終段階における医療・ケア方針の決定手続
当院では「患者さんが、将来判断能力を失った際に、行われる医療行為などに対する意向を前もって示すこと(事前指示:アドバンス・ディレクテブ)」につながる『私の人生シート』・『私の願いごとシート』を活用して、患者さんの最善を導き出すための話し合いの取組(アドバンス・ケア・プランニング:ACP)=「人生会議」を推進しております。
ステップ1:患者さんの意思が確認できる場合
患者さんの状態に応じた専門的な医学的検討を経て、主治医等の医療従事者から適切な情報提供と説明を行います。その上で医療・ケアチームが患者さん本人の意思決定を基本とした方針を決定します。
当院では、今、意思表示をする能力がある患者さんが、将来その能力を失った場合に備えて、事前に人生の最終段階における医療や希望等に関する意思を書面にする『私の人生シート』・『私の願いごとシート』の活用から医療・ケアチームによる支援の充実を目指しています。
- 『私の人生シート』は、入院時に入院準備センターにて配布しております。ご希望時はシートをご記入頂き、入院時にお持ち下さい。
- 『私の願いごとシート』は、入院後にご記入をお勧めしております。
- インフォームド・コンセント(自己決定)に基づく、患者さんの意思決定を基本とし、医療者の意思を押し付けず、患者さんが自由に治療の有無や内容等を決定できる環境を作ります。
- 時間の経過、病状変化、心身の状態変化、医学的評価の変更等に応じて、患者さんの意思が変化するであろうことも念頭におき、充分な話し合いを行い意思決定の支援をします。
- 患者さんが説明を求めた際にはその都度説明し、意思の再確認を行います。
- この過程の話し合いや意思決定、合意内容等はその都度『診療に関する説明用紙』にまとめると共に、反応や理解度等をあなたの診療録に記載して残します。
ステップ2:患者さんの意思が確認できない場合
:ご家族が患者さんの意思を推定できる場合
ご家族が患者さんの意思を確認していた場合や推定できる場合は、その意思を尊重し、患者さんにとって最善の治療方針をとります。
ステップ3:患者さんの意思が確認できない場合
:ご家族が患者さんの意思を推定できない場合やご家族がいない場合
- 患者さんにとって何が最善であるかをご家族と十分に話し合い、患者さんにとって最善の治療方針をとります。
・ご家族から、患者さんのこれまでの人生観や価値観、どのような医療・ケアを望んでいたのか等の情報から患者さんの意思を推測します。
・あらかじめ患者さんの希望事項が明確に意思表示されている場合には、不明な事項を話し合います。
・生前の臓器移植提供に関する意思を確認した段階で、適切に対応致します。 - 過程におけるご家族との話し合い、意思決定事項は全て診療録に残します。
- ご家族間で判断困難な場合は、病院臨床倫理委員会にて治療方針について検討します。その承認を得た決定事項は、ご家族に内容を説明し同意を得ます。
- 時間の経過、病状変化、心身の状態変化、医学的評価の変更等に応じて、検討の過程を繰り返します。その内容は診療録に残します。
Ⅴ 心肺蘇生措置への対応にて考慮すべきこと
1.人生の最終段階と判断した後の対応
- 主治医は患者さん・ご家族に対して患者さんの状態が人生の最終段階であり、病状が予後不良であり治療を受けても救命の見込みが全くない状態であることを説明します。
心肺蘇生措置を実施しないこと(DNAR:Do Not Attempt Resuscitation)の判断
①最善の治療にも関わらず病状の進行、又は老衰によって死が差し迫った状態であること。
②心肺停止した場合、仮に心肺蘇生措置をしても短時間で死を迎えると推測される状態であること。
③患者さん及びご家族により、心肺蘇生措置は不要と意向が出されていること。 - 患者さんの意思を代弁又は推測しうるものの有無、『私の人生シート』・『私の願いごとシート』から有効な事前指示の有無を確認します。
- ご家族の意思を確認します。
- この過程の話し合いや意思決定、合意内容等は『医療チームによるDNAR決定確認書』にまとめ、診療録に記載します。
2.患者さん本人又はご家族が積極的な対応を希望した場合
- 患者さん本人の意思(リビング・ウィル)の確認や『私の人生シート』・『私の願いごとシート』内容を確認し、それを尊重します。
- 改めてご家族に「患者さんの状態が人生の最終段階であり、病状が予後不良であり治療を受けても救命の見込みが全くない状態である」ことを説明し、ご家族の意思を確認します。
3.患者さん本人又はご家族が心肺蘇生措置を希望しない場合
- 患者さん本人の意思(リビング・ウィル)や『私の人生シート』・『私の願いごとシート』内容を確認し、ご家族が同意している場合はそれに従います。
- 患者さん本人の意思が不明な場合は、ご家族が患者さん本人の意思や希望を忖度し、ご家族の容認する範囲内で心肺蘇生措置は実施しません。